亥年という猛々しい感じに似合わぬ、おだやかな年明けになった2007年、新春恒例のザ・ロープ展が1月13日(土)から28日(日)まで、銀座伊東屋で開催された。
伊東屋のご配慮による前夜のオープニングパーティで、伊藤社長は、「文化」という観点から銀座の街並みの景観を例にして、それはもはや景観という範疇を越えた銀座文化とでもいうべき大きな文化圏を形成しているということ、それは、長い銀座の歴史の中でそこにゆかりのある人たちが大切に守り育んできたことで形成された貴重な財産であるから、私たちはそれを受け継ぎ、守り育てていかなければならないと思うと述べられた。そして、ザ・ロープ展も30年を越える年月が、そういった銀座文化の中の大切な一つとなってきていると考えているとの温かい言葉を頂いた。あらためて我々も、ザ・ロープ展をその御期待に応え、「新春の銀座の風物詩」と呼ばれるに恥じぬよう、より品格のある質を持ったものへと高めてゆかなければならないと感じたことである。
さて、今年第32回を迎えたザ・ロープ展は、会員の作品がレリーフ2点を含め44点、一般参加が9点、あわせて出展総数53点が展示された。また、昨年逝去された会員・会友の御遺作2点の追悼展示も行うと共に、幾つかの新しい試みも登場した。会員の出展は例年に比べやゝ少なかったが、8点のジオラマが登場したことが全体の雰囲気を盛り上げてくれた。これら一群の作品達は、『楽しい模型たち』と名付けけられ、一つの展示台にまとめるという、肥田純さんの巧みな演出と相俟って、会場に華やかな雰囲気を醸し出していた。また、昨年物故されたお二人の方の遺作をご家族の御好意により展示し、「帆船模型を作る」ということをこよなく愛したお二方の在りし日を偲ぶことができた。
ところで、毎回気になることの一つは来訪者数である。今年は会期中ほぼ連日、暖かく好天であったこともあり、7598人という例年並みの数であった。常設展示場や夢工房でお世話になっている「船の科学館」からは、小堀部長さんを始め、宮田課長さん、清水課長さん、飯沼課長さんの来訪を頂いた。全国の仲間からも多くの方が来てくださった。順不同であるが、以下にクラブ名を挙げて、感謝の意を表する。
ザ・ロープ・ナゴヤ、ザ・セイル(浜松帆船模型同好会)、マイシップクラブ、ザ・ロープオオサカ、青森帆船模型同好会、福島帆船同好会、仙台帆船模型製作研究会、神戸帆船模型の会、横浜帆船模型同好会、札幌帆船模型同好会。(万一抜けがあったとしたら、それは筆者の責任である。なにとぞご叱正と御寛恕を賜りたい)
また、航空機模型という異分野であるが、このところ交流が深まったTSMC(東京ソリッドモデルクラブ)の皆さんも見えられた。心からなる歓迎の意を表すると共に、模型仲間として今後も変わらぬ交友をお願いしたい。
作品や会場の感想などを述べよう。
栗田善一郎さんのオゼベルク船。チョコレート何枚かを差し上げた眼で作品を拝見するのは、栗田さんには失礼である。モデラーの先達であり人生の大先輩としてのdignityを感じさせる、隙の無い堂々たる存在感を示しているこの船には、「熟成」という言葉が似合う。佐藤憲史さんのフェレット。マエストロであるお師匠さんの影響が色濃く感じられる。しかしそれをそう感じさせるレベルにまで作りこんでいる表現力や技量に乾杯である。帆のつくりの丁寧なことも好ましい印象である。久保田栄一さんのル・ブローニュ。去年2月の研究会で進行中の姿を発表いただいた。それから一年足らずで。完成の姿を見ることができたのは驚きである。勿論、作者が惚れ込み、製作の動機となったという船首部分の美しい曲面が見事に表わされているのはいうまでも無い。作者の説明が無ければわからないが、舵輪を回すと舵が動く。これまでの作品にもこのような秘かな隠し所を造りこんでおられたが、江戸の旦那衆が羽織の裏に凝ったという粋を楽しむ心が、江戸っ子の久保田さんには流れていると感じた。前川政司さんのハリファックス。人気のある船なので、これまでも数多く拝見しているが、これほど均整の取れた表現のハリファクスは始めてである。
ドックヤードモデルというのは多くのモデラーが一度は作ってみたいと考えるものであろうが、加藤史郎さんや土屋勝司さん、久保田栄一さん等の作品を見ると、はるか高みにあって手の届かないものと思ってしまい意気込みもしぼみがちとなる。これに対して、前川さんの船は、頑張って作ってみたいなという意欲を誘うと共に、親しみを感じる。会期中多くの人をその前に釘付けにしていたこの作品について、来る4月に行う研究会で製作技法や苦心談をお話頂くことにした。多数の皆さんの参加をお願いする。小林正博さんのル・クリュール。全体として濃密という印象ながら、一本調子ではなくメリハリの利いた仕上げはさすがである。これだけ多くの縦帆を揃えて装備していることも見事である。作者小林さんは、ハンモック置き場の上の手摺の流れをシーアラインと揃えるところが難しかったと仰っていたが、流れの乱れがないことも技術の確かさを伺わせる。ラインの乱れは船の出来栄えの印象を大きく落としてしまう。自戒をもってこの作者の言葉を聞いた。土屋勝司さんのラトルスネーク。巨船の精緻なドックヤードモデラーという印象の土屋さんであったが、初めて愛らしいサイズの作品を拝見した。やはりこれまでのドックヤードモデルの系譜はこの作品にもしっかりと表れている。カッチリとした仕上げながら、親近感を覚える作品である。
高橋宏さんのル・トナン。端正な仕上がりが眼を惹きつける。製作中に、舷側から船尾にかけての装飾に悩んでいると聞いており、その製作に随分時間を掛けておられたようだが、見事に完成された。地味な仕上げがかえって美しさを引き立たせている。浅川英明さんのルビーⅡ。故竹内久さんが、スクラッチの基礎を多くに人に伝えたいという目的もあって、持ち運びに便利なサイズにと設計されたと、生前直接伺ったことがある船であるが、人気が高く、ロープ展にとどまらず全国の模型展でも何度か登場している。今回の浅川さんの作品は、木の風合いを生かそうという狙いを持って製作されたものであろうが、その狙いが見事に具現されている。また、作者はこのところロープの自作にもこだわりを持っておられると聞いているが、この作品にもそれが生かされているとのこと。そのような直接眼に留まりにくいところまで作りこむという表に現われない努力が、船全体の印象を品格の高いものにしているのであろう。SMA会員にして当会名誉会員でもあるドン・ドレッセルさんのファントム。はるばる海を越えてきた、いや、空を飛んできたfascinateな作品である。通常展で、このような出展をして下さることはザ・ロープ展にとって画期的なことであり、本当に嬉しい。空輸中の扱いの所為で、到着したときは一部マストなどが破損していたとの事だったが、幸い折損などの致命的なものではなかったとのことで、田中武敏さんと白井一信さんの手で修復され、魅惑的な姿を見ていただくことができた。
8人が事前に申し合わせたわけでもないのに、8点のジオラマが揃った。新しい息吹きがザ・ロープの中に胎動を始めたのであろうか。8人の製作者が見たそれぞれの「壺中の天」を、観客の我々の目の前に現出させてくれた8点のジオラマ。出品リストの言葉通り『楽しい模型たち』である。
ジオラマとは? 作者にとっては夢を作りこむもの、観衆にとっては夢を見るものといえるのではあるまいか。そして、ジオラマの中の帆船は主役と言うより、舞台であると言って良いよいのではあるまいか。8つの作品を眺めて感じたこと、というより、そこに私が見た夢を語ることにしよう。
安藤雅浩さんのバイキング船。主役は、各人がそれぞれ独自の色彩豊かな衣を纏ったバイキングの荒ぶる戦士達だ。彼らの華やかな軍衣は、源平時代の武者達のきらびやかな鎧を連想させる。マチスへのオマージュ「色彩の魔術師」という言葉をそのまま安藤さんに贈りたい。「色彩の安藤」と呼ばせて頂いても良いだろうか? 並べて展示されているバイキングの足跡を示す地図は、安藤さんが帆船模型やその製作技法を語るとき、単に技法にとどまらず、欠かさず歴史的背景や、時には操帆の技術までを付け加えてくれる安藤さんの知識追求の熱心さと奥行きの深さをあらためて示している。
坪井悦郎さんのコロンブスの船団。サンタマリア、ニーナ、ピンタの3隻を一つの情景の中に再現したいというのは、多くの帆船モデラーが一度は描く夢ではあるまいか。この夢が、ミニチュアモデルの名手、坪井さんによって初めて実現した。ミニチュアスケールの故に表現の難しい波も、大きなうねりと言う形で見事に現されている。その着眼の見事さも素敵だ。視線を海面のレベルに置いて眺めると、続航する船の船体が半ばうねりの向うにかくれて見えて動きがあるかの如く感じると共に、遠近感を見事に演出している。
中園利孝さんのランヴェオックのボート。これはP.ブリューゲルの世界だ。中園さんの飄逸な人柄によって、この小さい空間にユーモアのある情景が作り出されている。ルネサンスの巨匠ラファエロから近代の名匠フジタに至る多くの画家達が描いた群像図には、さりげなく片隅に自画像が描かれているが、30人を超すこの作品の群像の中にも作者自身の像が存在するらしい。ほろ酔い気味の像が見つかったらそれは彼に違いない。
関口正巳さんのドックヤード・クレーン。クレーンは、今も昔も、造船所の風景に欠くことの出来ない点景の一つだ。このところユニークな作品達を出展されている関口さん。遂に最もユニークな作品を出した。関口さんは、ヨーロッパの海事博物館巡りでは、ザ・ロープ随一ではないだろうか。(なんたって猫の額のようなミコノスの海洋博物館にまで足跡を残しているくらいだから)そんな彼が足(お金も掛かる)で稼いだ、古いドックヤードクレーンの資料の中からその一つを形にして示してくれたのである。メタフィジカルでない表現で失礼だが「帆船時代のドックヤード・クレーンのことなら関口に聞け」と言わしてもらってもいいだろうか?
白井一信さんのアラート。「すごい」ではない。「凄い」のだ。この漢字は並の場面に使えるものではない。そして、白井さんのこの作品は「凄い」という以外に表現のしようがないのだ。それは構成の「凄さ」だ。巨浪に翻弄される「アラート」。その浪の表現の「凄さ」はいうまでもないが、それ以上に「凄い」のはジオラマの構成だ。枠を大きくはみ出して突き出されているバウスピリット。このことで船本体と巨浪を狭い空間に集中させて、「凄さ」をより高め、高揚した「凄い」舞台に観衆を凝視させる。こんな構想は並みの感性で出来るものではない。ところで、一転して話題はやわらくなるが、船上で胸を張っている船長さんは、白井さんの心の投影だろうか?
岩本和明さんのエルシー。岩本さんの作品を眺めながら思った。「エルシー」の上を飛ぶ鴎の目に映った風景はきっとこのようなものだろうなと。真新しい帆は、処女航海を連想させる。連想はさらに広がる。若いころ惑溺したジャズピアノ曲。好きなピアニストの一人だったハービー・ハンコック。彼の“Maiden Voyage”。あのブルーノートの幻想的なレコードジャケット。(それは、きらめく波を進む白い船体と白い帆のカヌーとおぼしき小舟だが) 思いは、岩本さんの端正な「エルシー」と仄暗いジャズ喫茶の記憶との間を行き来した。
肥田純さんのスターフライヤー。船はもちろん、今展の中の白眉の作品である。その船の上の100人を越える人たちを見て、あるクルーズでの見聞を思い出す。ハイシーズン、ふりそそぐ陽光の中をクルーズ船が出港すると程なく、船上のプールの周りには人魚の如きたおやかマドモワゼルから、トドも顔負けの巨体のマダム連に至る水着姿が溢れる。いささか眩しい眼で彼女たちを眺めながら、饗庭孝男のこんな言葉を思い出す。「光に対するヨーロッパ人の憧憬は、憧憬というより信仰に近く、一種のオルフィスムのように彼らの中に生きている神話的現実である。・・・」と。実は作者にはもう一つ大きな狙いがあったと聞く。それは夜の闇の中、舷窓から漏れる灯りが海面に映る美しさを作り出すことだった。このシーンは見事であるが、会場では照明の都合で見ることが出来なかったのは残念だった。
松本善文のハッピー・アドヴェンチャー。自作を語ることほど面映く、書き難いことはない。そんなわけで、見てくださった方々からお聞きした感想を幾つか挙げて勘弁頂きたい。同郷の年来の友から。「ひょうげちょるのう。」(山口弁。訳;情況によりニュアンスは異なるが、悪意ではなく、軽い揶揄の気分で「おふざけが少し過ぎてるな」と言うほどの意) 幾人かの先輩から。「主役はジープかぇ?」(半分当たり!) 多くの先輩・知己から。「夢があるねぇ。」(これが一番嬉しかった)
製作工程の進捗の度合いもあろうが、完成したときの見事な姿が予見されるものが何隻かあった。
田中武敏さんの菱垣廻船。姉妹クラブのSMAの会報に写真が出ていたので出会いを楽しみにしていた。田中さんのこれまでの作品とは雰囲気が異なる作風を感じた。失礼かも知れないが、『玄人好み』と見たのだが、多く来訪者が足を止めていた。綿密な考証と、和船の特徴の一つである格子の細かい工作やメリハリを付けた仕上げは、初めて模型を見る人の目にも、広く共感を以って受け入れられるのである。完成の暁には海外遠征も視野に入れておられるとか。紅毛碧眼の帆船モデラー達も目を瞠るに違いない。宮島俊夫さんのグレート・ブリテン。この後、帆を付け船体を塗装されて完成とのこと。30年来の夢、遂に実現である。
赤道達也さんの明治丸。前作の新造時のモデルに続いて、現在、海洋大学の越中島の構内に保存されている姿を再現したもの。度々大学に足を運び多くの資料を入手して勉強されたり、時には船に乗り込んで実測をされるなどの積み重ねがこの美しい船体となっているのである。「明治丸のことは赤道に聞け」と呼ばれる所以である。私も実船を見たことがあるが、遠目には美しいこの船もいざ乗ってみると、処々方々傷みが激しい。国の重要文化財となっているこの船は、このほど幸い予算がついて本格的な修復が行われると、ロープ展開幕直前の読売新聞が報じていた。帆船を愛する我々としても嬉しいニュースである。
お二人の生前の姿を思い出してみると、最近もはや聞かれなくなった『端然』という言葉がよくお似合いのお方であったと思う。このところ寿命が延びた故もあろうが、「軽躁」(それはそれで「若々しさ」とも云えようが)という感じの老翁が多い中で、失礼ながら「老熟」とお呼び出来る羨ましい雰囲気をお持ちであった。
故吉村正さん。平成18年4月ご逝去。享年88。展示の御遺作はワッペン・フォン・ハンブルグ。残念ながら親しくお話できる機会は無かったが、何人かの会員に聞くと、一様に「温厚な方。ユーモアに富んでおられた」との言葉が返ってきた。
故小田衛さん。平成18年10月ご逝去。享年86。展示の御遺作はトロワ・リス。29回展に出展された1/300の『ハンプシャー』の前でお話を伺ったことがきっかけで、幾度か親しくお話をさせて頂いた。温厚・寡黙な方であったが、話題が『三笠』に及ぶとたちまち能弁になられた。翌30回展で、完成した『ハンプシャー』が見られなかったのでお尋ねしたところ「1.2ミリまでは出来たが、肝心の1.0ミリのデッドアイがなかなか出来なくて」とのことで、妥協を許さない姿勢の厳しさに感動した。出展リストの中の、白井一信さんの遺作紹介の言葉、故吉村さんへは「これだけの大物の製作は体力勝負でもあるが、それを完成されたことはご本人も大満足では」、故小田さんへは「均整の取れた味のある仕上がりは皆の心に残っている」は、人生の最後まで現役帆船モデラーであり続けたお二人への、最高の追悼の言葉である。
会場入り口前の壁面に、「仲間たち」と題した写真が飾られた。模型つくりに留まらず、帆船大好き仲間達が「ほんもの」の帆船と触れ合った行動の記録だ。多くの人が足を止め目を向けてくれた。歓声を上げて「あ!ここ!」と指差していたのは、多分ご家族や知人の方々であろう。写真の中のほとんどの連中は頭に霜を置いているが、その笑顔は少年時代に回帰したそれである。
掲示された写真、2005年の「アムステルダム帆船祭(Sail Ams 2005)」の方は、ツアー参加の塩谷敏夫さん撮影(一部は福田正彦さん)のもの、2006年、「『あこがれ』の体験航海」参加記録は小峰重信さんのもの。写真の選定と掲示作業もこのお二人の手によるものである。今後も、出来るだけこのような普段のモデラーとは違った顔を見せる、好い企画を期待したいものである。
会場に設けた休憩スペースのテーブルの上に、最近のロープ展出展作品のアルバムならびにロープニュース何点かを置いて、来訪者に見ていただくようにした。期待以上の人気で、熱心に御覧くださる方が多く、この試みは成功であったといえよう。これは、今後いろいろな場での展示のあり方について、大層参考になったと思う。
作品写真のこと「写真美人」という言葉がある。搬出日には、出展者の皆さんに作品の写真が手渡されたが、その早さに驚くと共に、多くの方が「おれの船はこんなに美人だったっけ?」と思われたことであろう。あらためて紹介するまでもなく、撮影は東康生さん。今回初めて。赤道達也さんたちとご一緒させてもらって、撮影のお手伝い(と言ってもせいぜい作品を運ぶだけ)をさせて頂いた。いや、撮影作業の傍で突っ立っていたといったほうが正しい。
そこで見たのは、失礼だが東さんの強烈なプロ意識である。ライティングに始まり、一寸した船の向きなどを納得されるまで直される。東さんにとっては当たり前のことなのであろうが、そこには、傍らから話しかけることが憚られるような張り詰めた空気が漂う。最近、デジタルカメラの普及に伴って、カメラを向けてシャッターを切るだけで一応は対象の姿は簡単に捉えられるようになったが、我々がいただいた作品写真はそんな安易なものではないということを改めて認識した。船と模型を知り尽くした東さんが、作品の美しさと魅力を最大限に表現しようとされたものなのである。多分、東さんの脳の中には、撮影された船そのものの姿も記憶に残っていて、それが画像処理を行われているときに目の前の画像と重なり合わせて、お仕事が進められているに違いない。
(松本善文)