節目の年であった昨年の30回記念展の後を受けてさらなる発展へと向かう出発点ともいえる第31回ザ・ロープ展は、恒例どおり銀座伊東屋本店で年頭の1月14日から29日まで開催された。
今年は2年ぶりに、アメリカの姉妹クラブS.M.A. (Ship Modelers Association;以下SMAと書く) から幹部の方々を主体にした8名の来訪者(同伴のご夫人3人も加わり総勢11名)もあり、その方々の中から5隻の出展も加わって華やいだ雰囲気となった。 また例年通り、国内の兄弟クラブからも次に挙げた多くの方々のご来場を頂いた。ザ・ロープオーサカ、ザ・セイル(浜松)、ザ・ロープ・ナゴヤ、マインップ クラブ(東京)、ザ・ロープ。九州、神戸帆船模型の会、仙台帆船模型製作研究会、札幌帆船模型同好会、福島帆船同好会、ザ・ロープ・ヒロシマ(ご来訪順・失礼ながらご尊名は省略させて頂いた)。あらためて厚く御礼申し上げる次第である。
さて、今回は伊東屋さんのご配慮で、開催期間の間に土曜日曜の連体が3回入ると言う絶好の条件であったが、内2回の連体が、今冬最大の冷え込みや雨、何年ぶ りかの大雪で、出足をそがれたのは残念であった。しかし最後の週で取り戻し7,508人という来訪者を迎えることができたことは幸いであった。ご来場下 さったファンの方々、本当に有難いことである。感謝いたす次第である。今年の展示作の特徴は、特色のある作品が多く含まれていたということであろう。はる ばるアメリカからやってきた作品も含め、いくつかの船たちを眺めてみたい。
SMAの出展作は自ら手荷物で航空機に持ち込むという制約の中にもかかわらず、出展者の高い技量を示してくれる力作ぞろいであつた。 ビル・ラッセルさんの「ハリファックス」。我々の仲間でもよく製作される人気船であるが、評価の高いハロルド・ハーンの1/48の図面を1/2に縮尺したスクラッチビルド。SMAニュース12月号でも紹介されていてその片鱗は承知していたが、実物を拝見してあらためて造りこみの見事さに感嘆した。 ドン・ドレッセルさんの「ジェファーノン・デーヴィス」はアメリカのキットメーカー“Blue Jacket社"のキットからの作。こういう水線下の部分が構造模型となっているようなキットがあることは羨ましい限りである。キットに入っている以外にほかのさまざまの木材を使い製作されたそうで、それらの本の材質本来の美しさを生かした出来上がりは秀逸である。ユーモアに富んだ巨漢 ガス・アガスティンさんの1/192の「レプリューション」と「レパード」、1/384の「スチュアート・ロイヤル・ヨント」の3隻、うっかり『大男総身に・・・』と書きかけてやめた。繊細なつくりで前者などは2100本の釘(木製とのこと)を打っている由。我が坪井悦郎さんの船に触発されて製作されたと伺ったのだが・・・。
安藤雅浩さんの2隻の「ゴールデン・ハインド」。1隻はフルモデル。昨年の記念特別展で、昔から「塗装の安藤」と有名だったことを始めて知った。この作品もキットに入っている塗装済みの薄板を避けて、直接塗装されたことは昨年の研究会で紹介済みだが、キットの板が下地の黒つぽい木の影響で濁つた色であるのに比べ、清澄な色調になつていて、派手派手の彩色の中にも淡く柔らか味のある感じとなっていて好ましい雰囲気である。同スケールでハーフカットされたもう1隻は、舵の操作の動きを見せたいことが最大の狙いとおっしやっておられたが、そのとおりとなっている。(実は禁を犯して触ってみました。ごめんなさい)一般の人にはこの時代の船の内部が良く判るということで好評だった。船体の内部を見せるという趣向は同じだが、こちらは船体を横割りにした、土屋勝司さんの「ル・フル―ロン」。 1/48という大きなスケールでの精激な作りは、各所の見事な装飾彫刻と相侯つて人気を集めていた。この船の特徴である斜めに張つた内張りを見てもらうということから上下分割にして上部を電動で押し上げると、作者が狙つた内部の構造を見ることができると言う仕掛けになつている。胎内覗きとでもいうことができようか。
古典船にせよ近代船にせよマストの上半分くらいになると、遠目には滑車はほとんど目に留まらないことやリギングのロープも目立ち難いことは、この時代の同型船が復元されていたりして実船の姿を窺うことができるが、田中武敏さんの「プリンス・ウイレム」はまさにそういう感じである。マスト上部半分くらいから上はごく小さな滑車を用い、リギングのロープの径もごく細いものが使われていて、愚生もちろん本物は見たことはないが、如何に船全体を眺めたときの実感を表現しようかと腐心されたあたりが、やや離れて眺めると狙い通り具現されているという印象を受けた。
青木武さんの「オネイダ」。アメリカのLumberyard社のキットからの作品。同社は多種の木材をはじめ帆船模型用の滑車や大砲も扱っているようだが、この「オネイダ」のほかにも「ALVIN CLARK」なる同じ構造棋型のキットがある。青木さんの作品は船本体の丁筆な作り上げは勿論であるが、造船船台を含めた情景模型に仕立て上げておられる。おそらく青木さんの思い入れが籠められているのかなと観たのは、船台が設置された地面が僅かに左下がりに傾斜して造られていることを受けて、展示台自体の上部がやや右上がりに作られていることで、作者青木さんが『皆さんこれがお分かりかな?』と語りかけてくるように感じた。
塩谷敏夫さんの「ラ・クリューズ」はビリングボート社のキットからの作。 1/40という大きなスケールになるとどうしても大味な感じになるところを、作者は甲板上の構造物や購装品を細部にまで丁寧に作り込むとともに、リギングも細い糸をきちんと張つてパランスの取れた好ましい印象を与えている。船底の塗装ラインがキッチジと直線になつていない作品が散見される中でこの船は実に見事に塗りわけられている。作者にノウハウは?と尋ねたが『皆さんと同じですよ。マスキングテープを貼ちて同じ仕事しただけですが・・・。』と言われる。夢工房仲間の一人だが、工房に入られると仕事を始める前に先ず机の上を雑巾掛けされる。そんなお人柄が作りだした秀作であるといえようか。
ゴルフにはハンディがあるが、帆船模型の世界はスクラッチ(ゴルフでハンディなしの勝負のこと)の勝負である。しかし、わが身に振り掛かつてくる視力や集中力の衰退を感じる此の頃、どうしてもお年のことを頭に入れながら割り引いて作品を見てしまう。ただし、長老 栗田善一郎さんは、そんな見方をされることは甚だお気に染まないに違いない。「コンスティチューション」。キットからとはいえ製作経験のある方に聞くとなかなかの難物という。複雑に入り組んだリギングを見ていて失礼ながらお年のハンディ抜きの力作と拝見した。船尾の船名標議や各所の部品に多くの工夫を凝らしてグレードアップしておられることも素敵である。横に置かれたご子息正樹さんの「ラトルスネーク」を「なかなかの作品ですね。」と申し上げたら、「いや、まだまだ!」とおつしゃる。続いていまマモリのヴァイキングシップを製作中とのこと。ますます意気軒昂でいらっしゃる。
我が学生時代(青春時代)は、洋画・邦画を含め映画の黄金時代(と考えている)と重なる。戦前の名画「会議は踊る」「パリ祭」、「望郷」なども含め映画史に残る名作・傑作はいうに及ばずエロール・フリンやランドルフ・スコットなどという1.5流スターの活劇や西部劇、ジーン・ケリーが踊りまくるミュージカルからボプ・ホープの喜劇などに至るまで濫読ならぬ濫視をし尽くした。そんな中で印象に残つている映画の一つに、ご贔屓のスペンサー・トレイシーが父親役を演じた「花嫁の父」がある。
岩倉義昌さんと中園利孝さんの船。昨年来お二人から製作の目的を伺っていたので、あらためて会場で船を拝見して、映画「花嫁の父」へと連想と繋がった次第である。何年か前「花嫁の父」だつた、アイデアマン岩倉さんの「ハリファックス」。失礼ながら既に娘さんは「可愛い配当」も儲けられて、岩倉さんは「いいおじいちやん」の真つ只中のようである。船は娘さん一家の新築祝いにと製作されたもの。岩倉さんには久しぶりのキットからの作品であると言う。「置き場所を考えるとこの大きさになるのでね。」とのことだが岩倉さんらしいアイデアが甲板の釘の表現やラットラインの巻き始めの処理など随所に見られた。作品の説明をされがらも、何年か前の「花嫁の父」の顔が出てきて微笑ましかつた。マエストロ 中園さんの「ハンター」はマモリのキットの図面からのスクラッチ。作品の出来栄えはこれまで同様愚生の評などをはるかに超えたもの。中園さんはホヤホヤの「花嫁の父」。可愛らしい小ぶりな作品の中の繊細なリギングなどは、初々しい花嫁の姿と重なる。お嬢さんへの愛情がたっぷりと籠められている名品である。
このところ和船にこだわつておられる 寿司範二さんの「伝馬船」、二年ぶりに登場の小林正博さんの「ウイリー・ベネット」はいずれも平底で竜骨の無い船である。通常、棋型船体製作に当たつては、背骨に当たるキール板があつて、そこが中心基準になるので、ある意味、形状の確保や寸法の精度が出しやすいが、キール板なしの船はそういう点では難しい作業になると思われる。和船の知識の無い愚生ゆえ、出品リストの中の数行の解説だけからは読み取れないが、寿司さんは実物の伝馬船の作り方にあくまでれられて、この作品を製作されたのであろう。この伝馬船を積んだ弁才船の登場が待たれる。小林さんの「ウイリー・ベネット」は奥様を亡くされた悲しみを乗り越えながら船つくりを再開された結果出来上がった作品で、おそらく小林さんの生涯で最も思い出に残る船ではあるまいか。製作当初、竜骨なしの平底で船体に歪が出て散々苦労されておられた様子を見開しているだけに、愚生にとってもいろいろな意味で印象に残る船である。船上に積まれた数多くの漁具や特徴的な艤装の見事さは、独特の小林ワールドを形成している。
宮島俊夫さんの「グレート・プリテン」。オールプラスの船体。夢の始まりは、4本のシリンダーと巨大なフライホイールとの組み合わせによる特徴のある蒸気機関の写真を見たことからの由。30年前から想を暖められ、はるか何年か前、一旦は着手した。今では考えられないことであるが海外出張の機中で、もてあます時間をフレームの曲げ加工に当てたなどという裏話も伺つた。製作中に残念ながら真鍮の1ミリアングルが入手できなくなり、製作が一時中断。しかし、作者の夢の実現への思いは黙し難く、解説にもあるとおり角棒からアングルを作り出すと言う手法を考え出したことにより所要の材料を自作、製作再開に至つたとのこと。出展作はまだ制作進行中のものであるが、完成の暁は外板を切り取つて、作者の夢の始まりとなつた蒸気機関を見せるようにするようである。魔術師宮島さんがこの船に加える七変化の結果が待たれる。
製作のねらい日は梨の木のオイル仕上げの美しさを表わしてみたかつたこととリギングの糸へのこだわりという、 浅川英明さんの「フライング・フィッシュ」。このサイズの一本マストの船で拡げた帆を付けないのは勇気のいることかも知れないがあえて挑戦されておられる。その代わりと言うわけであろうがリギングに凝つておられて、細めの糸を使いながらほとんど手抜き無く張つている。船が載っている造船台もこの作品にジオラマの雰囲気を持たせていて、単に船だけの展示よりも作品に広がりがあっていい感じである。
白井一信さんに作品の前で、「『ゴールデン・ハインド』を『金鹿号』と呼んだので、それと向かい合う『ファントム』をなんと訳したらいいでしょうね。まさか『幽霊』と言うわけにも行きませんから。」と尋ねたら「ウーン」とややあつて「『怪人』」つてのはtどうだろう? “ The Phantom of The OPERA"と言うから。」「あ。ソレ頂き。」と言う次第でこの項の表題は「怪人号」。ここまでは前座。
「動」の方の 「ファントム」はいわずと知れた白井さんのジオラマ。大きな波に翻弄されながら進む「ファントム」の船上で繰り広げられている乗組員たちのドラマ。 トップマストを下ろし荒天準備も整えたのだが、操舵装置の不調を直そうと懸命に取り組む乗組員、強風を一杯にはらんだ帆、などこれからのドラマティックな航走を予感させる光景が展開されている。
一方、「静」の 「ファントム」は前川政司さんの作品。船名に似合わぬ美しいプロフィルを作者が表現したいと言う思いを、この大きさに巧みにまとめている。作者のいつもの作品どおり、丁筆に作りこまれた柔らかい作風で、優しい雰囲気が醸し出されているところなどは見所であろう。セールの細かい間隔の縫い目は自分でミシン掛けをされたと何った。綺麗に一定問踊に直線を出すにはなにやらノウハウがある由。
昨年初夏、エーゲ海のクルーズに出掛けた。サントリーニ島で桟橋沖に2隻のクルーズ帆船が並んで泊っていた。その1隻が肥田純さんの「スター・フライヤー」。もう1隻は一回り大きい「ウインド・スター」。エーゲ海の青い海と空を背景に浮かぶ真っ白な帆船は本当に魅惑的であつた。帰国してから東康生さんに伺うと、「こんな美しい2隻のクルーズ帆船が並んだ情景に出会うなんて稀有のこと。あなたは幸運な人だ。」と言われた。「スター・フライヤー」は、朱色のテンダーボートが1隻タラップに業がれていて、まさに肥田さんのモデルどおりの情景であつた。会場当番でこの作品の傍にいたら、愚生と同年代と思しき方がご夫婦連れでじっと作品を見ておられた。愚生の顔を見て「作者の方ですか?」「(光栄ですが)違いますが、作者はよく知つている仲間です。」と答えると、「懐かしいなあ。この船でクルーズをしましたから。」とおっしゃった。夢を誘う作品だ。作者肥田さんは現在マストを製作中である。完成した暁には、プールサイドにビキニのお嬢さんたちも姿を見せて華やいだ風景が見られるのではないかと期待している。
(松本善文)