16世紀初期 ポルトガル
1/54 マモリ社
木村 護 Mamoru Kimura
ポルトガルの商船で、このような船種をキャラック船という。キットはバルセロナ博物館の資料に基づいている。特徴的な丸い船尾のタト板貼りは、本の材質の問題もあってき労した。またキャラック船の資料よ少なく、資料探しに多くの時間がかかった。
1588年 イギリス
1/53 マモリ社
安藤 雅浩 Masahiro Ando
ドレーク船長がエリザベス女王の支援によリスペインの植民地を略奪しながら世界一周をした小型ガレオン船。NHK文化センター帆船模型教室の教材用に製作したキットベースの1隻と、内部を再現した「縦割り」のスクラッチモデル1隻。この模型ではキットの図面以タトに、フランコ ガイ(伊)のガレオン船の図面を使用した。
1597年 ブランデンブルグ
1/55 マモリ社
赤股 清 Kiyoshi Akamata
ブランデンブルグの偉大な統治者フレデリックウィリアムは、興隆の一途をたどる国家のために艦隊を創設しようとした。本船は、艦隊用にオランダで建造された典型的な小型ガレオン船。製作上苦心したところは特段ないが、部品の欠落、説明書の間違いなど、キットには振り回された。
1646 イギリス
1/54 マモリ社
染谷 文男 Fumio Someya
オランダに亡命していたチャールス・スチュアートが王政復古に成功して改国イギリスに帰り英国王チャールスニ世になった時、アムステルダム市|よ彼のお気に入りであったこの船を英国王に寄贈した。舷側の卵形の板はリーボードと呼ばれ、オランダ船の最大の特徴である。
1650年 オランダ
1/100 コーレル社
田中 武敏 Taketoshi Tanaka
オランダ東インド会社所有の最大の商船。英蘭戦争では軍艦として徴用された。キットを基本とし、オランダ舟合の書物を参考に変更している。ロープの大半は糸撚り機で撚ったが、これは自己満足の世界かもしれない。図面にはない帆を付けたが、リギングを含め大変な時間と体力を使うハメになった。
1680年 フランス
1/80 アマティ社
川島 壮介 Sosuke Kawashima
陸戦用大口径の臼砲を装備したボム(爆弾)ケッチという種類の船。前マスト付近に2門の臼砲を乗せ、大型の相弾を放物線状に発射し、主として陸上の城壁などの目標に大損害を与えることが出来た。キットのリギングが同時代の船と違いすぎるため、入手した資料で大幅に改造した。
17世紀 フランス
1/75 コーレル社
斎藤 秀雄 Hideo Saito
フランス海軍の二層甲板戦列艦。この時代のフランス艦の装飾は特に優雅であり、ブルボン王朝の栄華が偲ばれる。ただ、この船が実在したという記録はない。船首のレールや支柱など、キットの金属部品を木製に変更、また回り階段も好みで製作した。
18世紀中頃 フランス
1/50 コーレル社
小倉 紀行 Noriyuki Ogura
フランス、マルセイユで建造され、貨物船(交易船)として使われた。このような船体と帆装は地中海独特のもので、ポーラッカ船という。私掠船から身を守るため18門のキャノン砲を装備していた。帆を張るのは初めてなので、風を孕ませるのに苦労した。
1765年 イギリス
1/98 コーレル社
橋原 宗重 Muneshige Hashihara
1805年のトラファルガー海戦におけるネルソン提督の旗艦。その中央部カットモデル。ビクトリーのような第1級戦列艦には、砲を搭載する船首から船尾までの全通甲板(ガンデッキ)が三層あることがわかる。
1774年 イギリス
1/54 マモリ社
岩倉 義昌 Yoshimasa Iwakura
郵便船を英国海軍が購入し、植民地スクーナーに改造したもの。娘夫婦の新築祝いとしてキットにあまり手を加えないつもりで製作開始。ところがいざ作り始めると各所をグレードアッブしたくなり、良いものが出来るのだからと言い訳しつつ、結果として築後1.5年祝いとしての輿入となった。
1780年 アメリカ
1/64 マモリ社+モデルシップウエイ社
栗田 正樹 Masaki Kurita
独立戦争の際、アメリカの私掠船として活躍したが、イギリスに拿捕され英国海軍に組み入れられた。同じ縮尺のキット2つを組み合わせて製作した。金属部品は主にマモリ社のものを使ったが、微妙な寸法合わせに手間取った。
1787年 イギリス
1/60 マモリ社
根本 悟 Satoru Nemoto
タヒチのパンの本を西インド諸島の植民地に移植する航海の途上、艦長ブライの厳しい規律に反発し、英海軍史上最も有名な反乱事件が勃発した。映画にもなった「バウンティーの反乱」である。甲板の釘跡は黒の紙粘土を05ミリの穴に埋め込んでみた。
1797年 アメリカ
1/93 マモリ社
栗田 善一郎 Zenichiro Kurita
アメリカの独立後に建造された大型フリゲート艦で、今もボストン港に現役待遇で保存係留されている。1984年同船を見学したときに撮った多くの写真の他、同船の雑誌「OLD IRONSIDES」等を参考に、出来る限り現物に近づけるよう、キットを大幅修正した。
1804年 日本
1/30 ウッディージョー社
奥村 義也 Yoshiya Okumura
18世中頃にその構造、艤装を確立した日本独特のベザイ船|よ、海運の発達と共に大型化をたどり、19世紀に|よ2000る積みの大型船も登場する。ベザイ船を用い、北海道交易に従事した買積船を北前船と呼んでいる。キット|よ薄い銅板を使用しており非常に繊細な作業を要した。
1809年 アメリカ
1/48 ランバーヤード社
青木 武 Takeshi Aoki
南北戦争で活躍し、戦後はオンタリオ湖で29年間商船として就航した。アメリカ製の半オーダーメイドの構造模型キット。ハロルド ハーン方式と呼ばれる特殊な工法のため、船体よりも治具作りが大変であった。途中材料不足から同じ素材を探すのにも悪戦苦闘した。
1817年 イギリス
1/64 マモリ社
上野 宣孝 Noritaka Ueno
1831年に科学者チャールズ ダーウィンが乗艦し、南太平洋への探検航海を行った。「ビーグル号航海記」の船として有名。極カキットの部品を使用したが、ボート|よ木を削って白作し、そのクリンカー貼り(鎧貼り)も彫って表現してみた。
1869年 イギリス
1/100 ウッディージョー社
奥村 英二 Eiji Okumura
シナ茶をイギリスまで運ぶことを目的に造られたティークリッパーで、帆船時代最後の黄金時代を飾った海の駿馬であった。船底の銅板貼り、スタンション(ほ侵」内側の支柱)の取付け、滑車の手作り等々、ほとんど全ての作業が楽しいながら難しくき労の連続であった。
1885年 アメリカ
1/500 マモリ社
堀川 洌 Kiyoshi Horikawa
第5ロアメリカズカッフレースのアメリカイ貝」防衛艇。比較的幅の広い船体にスライディングキールを持つ。名艇長A クロッカーの指揮の下で活躍した。キットの船体製作法|よ18世紀の軍艦流になっており、レース用のヨットであることからすると疑間が残った。
1908年 フランス
1/50 ビリングボート社
岩波 昇 Noboru Iwanami
フランス、ビスケー湾に面した漁港コンカルノの鮨トロール漁船。両弦前方に立つ2本の牛は、トローリング中|よ水平に降ろされた。釣糸の先に真鍮ワイヤーがついて、その先に釣針と疑似餌が付けられる。制作中、この釣り針が手にSっかかり苦労(苦痛?)した。配色にも配慮。
1912年 フランス
1/40 ビリングボート社
塩谷 敏夫 Toshio Shioya
トブスルスクーナーの臆装にエンジンも併せ持った探検船。南極探検を行い、動植物の生態調査等を行った。キットの船体は細い枠の組合せとなっており、3貧度に不安があったため、通常のキールとフレームを図面化して切り出し製作した。
1912年 オランダ
1/35 アルテサ三アラティーナ社
関口 正巳 Masami Sekiguchi
アムステルダムの北、エンクホイゼンというかつては三シン漁や海運で栄えた港町のミュージアムで購入したキットを、キット内の材料だけでどこまで出来るか試みたっボッター|よ氷結する海域でも漁労出来る丈夫な漁船で、船合には海水を循環できる生け蓋を持つ。
1958年 スベイン
1/43 ナルト社
古屋 白夫 Akio Furuya
カタログに「当初はフィッシングボートとして建造されたが後に遊覧用のヨットになった」とあるのみで、歴史など詳細は全く不明。もともとラジコン用のキットであり、防水等にも十分留意して作ったが走らせる予定はない。甲板の貼り方等、キットにかなり手を加えてある。
1993年 日本
1/75 ウッディージョー社
奥村 義也 Yoshiya Okumura
青少年の育成を目的に、大阪市が建造した練習帆船。伊東屋の初心者向け帆船模型教室の教材として製作した。国産のキット|よ、部品がきっちりしており、また解説書も丁寧で作りやすく、初心者には最適と言える。
1634年 日本
1/100 スクラッチビルト
野上 吉彦 Yoshihiko Nogami
17世紀前期には異国渡海朱印状を持った御朱印船と呼ばれる貿易船が、東南アジア全域に渡って活動していた。僅かに残っている絵画資料と文献の中では写実的に描かれているのがこの末次船で、ジャンクを基本にガレオンの技術を取り入れた船であった。
1729年 フランス
1/48 スクラッチビルト
土屋 勝司 katsuji Tsuchiya
フランス海軍の砲64門搭載戦列艦。構造上の大きな特徴である斜めに貼った内張に挑戦すべく製作した。船体上下はのこぎりで切り離したが、これには勇気がいった。使用材料は彫刻と外板がツゲ、デッキはデガメ(レモンウッド)、フレームは桜、内貼りはパウマフィン。
1731年 イギリス
1/64 スクラツチビルト
谷亀 隆興 Takaoki Yagame
英国海軍の小型フリゲート艦。20門の大砲を上甲板に子杏載し、下甲板にはオールの酒ぎ手座がある、非常に珍しい形式の船。コンウエイ社アナトミーシリーズの同船の本を参照して製作した。
1744年 フランス
1/300 スクラツチビルト
坪井 悦朗 Etsuro Tsuboi
フランス海軍のフリゲート艦の超ミ三。昨年1年かけてヤードと□―プ関係を製作した。ロープは全部撚り機で撚り、一番細いのが0.004ミリ。定評あるブードリオ氏の図面による製作であるが、この船の図面に限ってはロープの取り回しが非常にわかりにくく苦労した。
1768年 イギリス
1/48 スクラッチビルト
中塚 裕 Yutaka Nkatsuka
郵便船を英国海軍が購入し、植民地スクーナーに改造したもの。ハロルドハンの図面を使用したが初めてのスクラッチビルトのため部品の作り直しも多かった。ベルトサンダーやボール板他、色々と道具を買い込んだため家族には不評であった。
1779年 アメリカ
1/96 スクラッチビルト
中江 文男 Fumio Nakae
フランス東インド会社の所有船を米国が購入して軍艦とし、米海軍倉」設の父ジョン ポール ジョーンズの旗艦として、英国と闘った。有名なブードリオ氏の図面を無謀にも半分の大きさにし、更に自身初の構造模型としたのが苦しみの元凶であった由。
1797年 イギリス
1/72 スクラッチビルト
中園 利孝 Toshitaka Nakazono
イギリス海軍のカッター。部隊間の連絡や哨戒、偵察に使われた。マモリ社のキールとフレームの図面を使用したが、船体をクリンカー貼りとし、また甲板上の艤装も大幅に変更した。ロ一プは絹糸を撚って作り、各所に梨の木を使用、亜麻仁油と、艶や出し用に床用ワックスで仕上げた。